今日は決算特別委員会の第二日目で、総務局他の審議が行われ、私は幹部職員人事の一つ
として、国から受け入れている天下り職員の問題を取り上げました。
私も市議会議員になるまで全く知らなかったのですが、札幌市の財政を司る財政局長の椅子には
昭和47年から毎年ずっと、総務省(旧自治省)の課長クラスの40歳そこそこの若い国家公務員が
デーンと指定席として座っています。
本来であれば「財政局長」というのは、札幌市政を隅々まで知り尽くした人が采配を振るうべき
ポストですが、「札幌は初めて」「雪は初めて見た」というような人でも、ただ単に総務省エリートと
いうだけで突然やってきて、いきなり財政局長になるのです。
これでは冬の除雪問題がいつまでたっても解決しないのも無理ありません。
かつて、律令制の時代の国司から始まって、戦前の帝国憲法下までは国が地方を支配するため
にやってくる官僚がいたのでしょうが、今日の地方自治の時代に漫然と国からの天下り職員を
理由もなく受け入れているのは時代錯誤とは言えないでしょうか。
国から地方に天下り、地方から民間に天下る慣習が日本の構造的問題になっています。
国が地方を支配し、官が民を支配するシステムは高度成長期は効率的で良かったのでしょうが、
経済が傾きかけた現代ニッポンでは、すでに制度疲労に陥っていることが明らかです。
今日の委員会質疑では、職員部長が必死になっていまの天下りシステムを弁解する答弁を
続けるのが、見ていて気の毒なほど。
所詮は部長、上司の局長を守るのが部長の仕事なのです。
結局、この問題は国と地方の行政官同士で解決できることではなく、国民あるいは政治家しか
解決できない問題だと私は思います。
これについて、上田市長に考えを尋ねたところ、

10年間の市長経験として仕えた3人の天下り財政局長は、とても優秀だった
特に天下りの弊害を感じていないので、天下り受け入れを今後も止めるつもりはない

との回答でした。
地方分権が叫ばれる中で、地方の力を取り戻すために、まずは首長自らが発言を行動に移す
必要があります。
地方が元気にならなければ、日本の復活はありえません。
元祖市民派の上田市長ならこの点だけは思いを共にしてくれると思ったのですが、残念ながら
これもまったく相容れないことが今日の質疑でよく分かりました。
「同じ人間話せば分かる」が信条の私ですが、最近だんだんと信条が揺らいで決ました。