今日は本会議で教育委員の任命議案の採決がありました。
昨日のブログでも書きましたが、山中教育委員長の再任に反対し、私は議場で
反対討論を行いました。

「教育委員会」という組織は、市長からも議会からも独立した意思決定機関で、
子どもたちの通う学校だけでなく、社会教育、生涯学習といった大人に身近な
分野にも権力を持っています。
例えば、図書館や、博物館、科学館、美術館、公民館、山の家、さらには
定山渓自然村、といった施設や、PTA、老人クラブ、子供会といった組織まで
傘下に置いて管理しています。
教科書の選定や先生の人事給与など、学校の全てに関する絶大な決定権を
持っていることは言うまでもありません。

教育委員になるには?

札幌市には6名の教育委員がいます。
教育委員は月に数回の会議へ出席するだけで、月25万円の報酬が与えられます。

6名の札幌市教育委員

6名の札幌市教育委員

これだけの権力を持った教育委員になるには、いったいどうしたら良いか?
実は教育委員を選ぶのは国民ではなく、市長です。
市長のお友達になれば教育委員になれる仕組みなのです。
国民には、選挙を通じて教育委員を選ぶ権利はありません。
しかし、これだけだと市長がもし暴走した時に困ります。
その時のために、市長が選んだ教育委員の候補に一応は市議会が同意を与える
という制度になっています。
つまり、市長が選んだ教育委員を議会がチェックする、唯一ただその一回だけ、
教育委員が国民の審判を受けるチャンスがあるのです。
今日は、札幌の教育のこれから4年間を左右する大事な日だというのに、
新聞にもテレビにも一切報道されることはありません。

教育委員はどんな考えの人なのか?

政治家の選挙では、選挙公報などで候補者の考えを知ることができます。
マスコミでも政策の違いが報道されるなど、候補者の比較ができます。
政治家も自らホームページやチラシ、街頭演説などで政策をアピールします。
しかし、教育委員の任命の時は、こういった情報が発表されることはありません。
マスコミも市民もほとんど関心を持っている方がいないようです。
全国の教育委員で、インターネットで情報発信している方はいるのでしょうか。


教育委員は、どんな経歴で、どんな考えを持っているのか?
いじめをどうやって解決するつもりなのか?
学力低下、教員の不祥事などの問題にどう取り組むのか?


こういった、教育委員の考え方、取り組み姿勢などは、議会に明らかにされる
どころか、市民にも一切知らされることはありません。
札幌市では教育委員会会議の議事録のほとんどが個人情報を盾に真っ黒の黒塗りで、
内容は市民に公開されないのです。

責任を負わない教育委員

教育委員は選挙がないため、仕事の成果が問われることはありません。
仮に政策が失敗しても、その責任を問われることもありません。
イジメで生徒が自殺しようが、調査委員会を作って丸投げするだけで、
あとは他人事。
子供たちの学力が上がろうが下がろうが、責任も義務もない。
つまり選挙で選ばれることもなく、だれにも責任を負わない。
そんな人たち(=教育委員)が、教育行政のすべてを仕切っているのです。
こんな制度は、おかしくありませんか?

いつぞやは、大阪の橋下市長が「クソ教育委員会」といって教育委員会制度の
解体を訴えているように、日本全国の自治体で教育委員会の隠ぺい、保身、
事なかれ体質が問題となっています。
責任を負わない人が意思決定をしている、こんな制度が続く限り、国民に責任
ある教育を実現することはできないと思います。

教育を牛耳るのは文科省と日教組

国民の手の届かない無責任な体制の下で、文科省の高給官僚と日教組が
教員ムラを作って好き勝手に学校教育を仕切っています。
私は一地方議員で残念ながら法律までは手の及ぶところではありません。
しかし、この仕組みは全国共通であり、法律を改正して抜本的に仕組みを
改めることが必要だと思います。
ちなみに、教育委員会の廃止を政策に掲げている政党は、みんなの党と
日本維新の会だけです。
みんなの党は国会に「地方教育行政改革の推進に関する法律案」を提出し、
教育委員会を置くか廃止するかを各自治体の判断決められる法案を提案
しています。
(参考)みんなの党の地方教育行政改革の推進に関する法律案

教育と政治は本当に独立しているか?

みんなの党の木村彰男議員の質問に対する、上田市長の答弁で今日明らかに
なった驚きの事実なのですが、現・教育委員長の山中さんの奥様は自民党の
元衆議院議員なのだそうです。
教育と政治の独立の建前として問題はないのか、疑問に感じます。
木村議員の調べによると、上田市長と山中委員長は若いころから弁護士として
様々な左翼系裁判に一緒にかかわってきた仲間ということでした。
教育委員としての適性ではなく、お友達感覚、論功行賞によれば、政治的に
偏っていても教育委員になれる、そんな仕組みも問題です。
ぜひ読者の皆様に、教育委員制度へ関心を持っていただければ幸いです。
ブログの最後に、今日の本会議で私が行った反対討論の内容を添付します。


「平成24年10月3日    教育委員任命への反対討論」 金子 快之

議案第35号 教育委員会委員の任命について、会派内で慎重に検討いたしましたが、
残念ながら賛成できないとの結論に到り、これより反対の立場から討論いたします。
反対の第1の理由は、先月起きた中学生の自殺に関する、山中善夫教育委員長の
対応です。
亡くなった中学生は手帳に「いじめられて死にたい」との書き込みを残していたにも
かかわらず、山中委員長は記者会見で
「男子生徒がいじめられていたと確認できるまでには至らなかった」
述べ、再発防止策の検討を調査検討委員会に委ねた、と言うことです。
前途ある未来を自ら閉じた中学生の悲痛な叫びに耳をふさぎ、問題究明を他人任せに
する姿勢には、いま学校で深刻な問題となっているイジメを、教育委員自らが本気で
解決しようとする意思が感じられません。
9月6日の教育委員会会議で、山中委員長は
「生命を大事にする教育を進めてきたが、まだまだ努力が足りなかった」
と述べたそうですが、本市ではこの3年間毎年、中学生の自殺が繰り返されています。
山中委員長はこの厳しい現実を、自らの責任と受け止められるべきです。

反対の第2の理由は、全国学力テストへ全校参加をしないと決めたことです。
札幌市を除く北海道の公立校は全校でテストを実施し、テスト結果の分析を基に、
おのおのの学校が、授業の改善と学力向上に取り組んでいます。
本市でも、学力格差を解消する観点から、テストへの全校参加を望む保護者の声は
大きく、実際に昨年12月19日、私が傍聴した教育委員会会議では、複数の委員が
本市の抽出参加方式への疑問を唱えていました。
しかし、山中委員長は会議の中で、
「とりあえず、来年度の全国学力・学習状況調査への対応は、事務局から(中略)
ご説明があったとおり」
にと議論を打ち切り、事実上、事務局のイエスマンとして会議を進行している現実が
あります。
市民の多様な意見を受け入れ、委員会の総意として事務局をリードし、教育行政に
反映させる、教育委員長としての指導力に疑問を指摘せざるを得ません。

反対の第3の理由は、新任の委員選任の理由が説明不十分であることです。
教育委員は市長が議会の同意を得て委員の任命を行うものであり、議会が同意を
行うためには、その候補者が文教都市・札幌の未来の舵取りを行う教育委員として
ふさわしい人物であるか、わかりやすい説明が必要と考えます。
再任の山中氏については、これまで二期にわたる教育委員としての実績から、
その判断は容易に行えます。
しかし、新任の委員についての情報は人事案件資料に記された略歴しかありません。
事務局へ説明を求めたところによると、
「阿部氏は保護者の枠」
「池田氏は精神科医の枠」
とのあいまいな情報しか得られませんでした。
昨今問題となっている子どもの自殺や、深刻なイジメ、学力低下、教職員の度重なる
不祥事など、本市の教育現場を取り巻く課題は山積しており、このような中で教育行政
の果たすべき役割は大きく、とりわけ教育委員の責務は重いのであって、議会は
教育委員候補者の考えを一定程度、理解した上で同意を行うべきであります。
しかし実際には、委員候補者の人となりや活動の記録はおろか、教育について
どのようなご見識をお持ちであるか、といったごく基本的事項の説明すらないため、
これらの乏しい情報では私たちは責任を持って議案に賛成を行うことが出来ません。

そもそも教育とは、将来を担う有為な子ども達を教え、そして育む、極めて崇高で、
かつ、高い使命感を求められる仕事であり、その教育の方向性を導く教育委員が
血の通わない名誉職であって良いはずがありません。
これまで本市では、教育委員の任命にあたっては略歴書の書面しか判断材料が無い
と言う無機質な仕組みが続いてきたことに私は疑問を感じます。
教育委員会は市長から独立した機関として設置されているにもかかわらず、その
選任を市長が行うこと自体がそもそも矛盾しており、根本的には地教行法の改正が
必要と考えますが、現行法においても今後は、教育委員の選任に公募を取り入れる
など、透明性を高め、より市民に開かれた、わかりやすい形で、学校教育への信頼
回復に取り組むことが必要ではないでしょうか。
以上3つの理由で、3氏の任命に同意できないことを申し述べ反対討論を終わります。